男心と春の空
「海くんさ、」と矢野英子は俺の顔を覗く。
そして続けて言った。

「性欲とかないの?」
「えっ」

突然の攻めの強い質問にたじろぐ。

「いや、ありますよ。普通に、普通に、あります。」

矢野英子の目を見て答える。

「だったら彼女に会いなよ。バレンタインの時の子なんでしょ?」
「まあ・・・」

そうですけど、と心の中で答える。

「いや、向こうが俺のことめっちゃ好きなんですよ」
「え?自分で言う?」
「なんつーか、重いっていうか。最初かわいかったんすけどね。」

床に目をやる。
なんで気持ちがこんなにも萎え切ってるのか。
まあ、面倒だったんだ、きっと、俺は。

「楽しかったのも最初の1ヶ月くらいで」

そこまで言って、ふと春にアキナと食堂で再会した場面を思い出す。

ああ、分かってる。
弥生ちゃんが重いんじゃない。
俺が悪い。
だから振れないんだ。

「早く振られたいんですけど。」

つい本音が溢れる。

「ダメな子だねー」

矢野英子の呆れる声。

「よし」と言って矢野英子が立ち上がる。

「飲み行こう。」
「またすか。」
「うん。」
「ほんと酒好きですよね。」
「酒が好きなんじゃない、飲むのが好きなの。」

矢野英子と俺は今日もまた二人で更衣室を出た。
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