幸せにしたいのは君だけ
なのに、彼女にはそれができなかった。

なぜかもう一度会いたい、と強く願った。


彼女――佳奈は澪の後輩だった。

それこそ澪が九重の秘書に抜擢される前から知っている。

いかにも男受けのしそうなメイクと髪形が目を惹く女の子。

元々はその程度の認識だった。


ただ、澪は折に触れてよく佳奈の話を俺にした。

その様子から幼馴染みにとって大事な存在なんだと容易にわかった。


それからは顔を合わせる度、挨拶程度の会話はしていた。

ちょっとした言葉を交わす度に、気遣いのできる女性だなとは感じていた。

ここ最近は、仕事で関わるわけでもない女性と積極的に話をしたいなんて思いもしないのに、彼女とはなぜかもっと話してみたいと思う時が何度かあった。


――それでも、恋心を抱くなんて予想もしなかった。


焼き鳥屋で会った翌日、湧き上がる焦燥感を抑えきれずに、初めて感じる感情の答えを知りたくて、急ぎではない用事を建前に佳奈の勤務先に向かった。

俺の来訪に困惑しているのが手に取るようにわかった。

それでも佳奈は逃げも誤魔化しもしなかった。

潔いとも思える態度で、いきなり謝罪してきた。


俺は交渉相手の先を読むのが得意なはずだった。

なのに、佳奈にはそれが一切通じなかった。

物事の本質を見抜くような丸い大きな二重の目に真っ直ぐに射抜かれた瞬間、俺の中でなにかが芽生えた気がした。
< 108 / 210 >

この作品をシェア

pagetop