幸せにしたいのは君だけ
「……クリスマス前に帰国されていたの?」

「そうらしいですよ。急いだ様子で副社長室に駆け込んでいたのを目撃した社員が、何人もいるそうです。普段とはまったく違う焦った様子だったって、当時、九重ではかなり噂になっていたんですって。その後すぐ、岩瀬さんと慌ただしく外出されたらしくて」


……そんな話は知らない。


急いで帰国しなければいけない事情があったの? 

退職するの? 

だから急に国内勤務になったの?


……私はなにも聞いていない。


頭の中に疑問符が渦巻く。

どうして九重で皆が噂しているような内容を、私は知らないんだろう。


……恋人、なのに。


「やっぱり本命の彼女がいらっしゃるんですかね? その人のために帰国されたとか……」


早苗ちゃんがブツブツ話していたけれど、もはや私の耳には届かなかった。

目の前が真っ黒に染まっていく。

座っていてよかった。

立っていたらきっと今、私は崩れ落ちている。


――あの日、千埜が見かけた人影はやっぱり圭太さんだった。


どうして? 

帰れないって言ってたじゃない。

急な帰国だったの? 

だったらなんで教えてくれなかったの? 

その時、私は“彼女”じゃなかったから? 

でも澪さんには教えたの?


ひとつひとつは些細な出来事。

なのに積みあがっていくと、大きな不安の塊になってしまう。
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