幸せにしたいのは君だけ
「……もう、いいよ」


ふいにこぼれ落ちた、諦めの言葉。


もう、無理。

だって、私はどんなに頑張っても、この人の一番にはなれない。


視界が滲む。

鼻の奥がツンとして痛い。


泣いちゃダメ。

せめて最後くらい、カッコよく強がらせて。

グッと唇を噛みしめる。


「佳奈？」

「……今までありがとう。さようなら」


ごめんね。

心の狭い私は、あなたの失恋を慰められない。

同情もできない。


ソファから勢いよく立ち上がる。

私の突然の行動に彼が目を見張る。


「ちょっと待てって！」


伸ばされた腕をよける。

この人のそばにはもういられない。

いたくない。


初めて見た、怒っている表情。

荒々しい言葉遣い。

本気でイラ立っているのだとわかる。


こんな時になってやっと、この人の本心を見れるなんて。

余裕のない姿を目にするなんて。


「勝手に決めつけるな！」


ガタッと派手な音をたてて立ち上がった彼から逃れるように、急いで個室の扉を開ける。

扉に近い席に座っていてよかった。


今、捕まるわけにはいかない。

これ以上ここにいたらみっともなく泣いてしまう。

別れたくないと縋ってしまう。

この人の負担にはなりたくない。

荷物を抱えて、部屋を飛びだす。


「佳奈！　待てよ！」


静かなラウンジには似つかわしくない、大きな声が背中に響く。

幾人かの人が何事か、と無遠慮な視線を向けてくる。

普段の彼なら絶対にしない行動。

それはこの人の怒りの大きさを物語る。
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