幸せにしたいのは君だけ
ほんの少し振り返ると、恐らく会計かなにかの手続きをしている彼の姿が目の端に映った。

その隙にエレベーターホールに向かう。

足の長さも速さも敵わない。

逃げるならもう、今しかない。


タイミングよくやって来たエレベーターに乗り込み、即座に“閉”ボタンを連打する。

閉まったドアを見て、大きく息を吐くと涙がこぼれ落ちた。


逃げるなんて、私らしくない。

だけど、もうこれ以外の方法が思いつかない。

卑怯と言われても、これ以上は耐えられない。


エレベーター内にほかの乗客がいないのが幸いだった。

こらえていた涙がぽたぽたと足元に丸い染みを作っていく。


静かな空間に、スマートフォンの振動音が何度も鳴り響く。

確認しなくてもわかる。

きっと彼しかいない。

でも今は話なんてできない。

震える指で電源を落とす。


こんな終わり方を望んでいたわけではなかったのに。

――どうして本当に好きな人は、手に入らないんだろう。


私を好きになってほしかった。

澪さんを想う気持ちと同じくらいに。


彼はずるい。

こんなにも好きにさせておいて。

心を全部差し出させて。

なのに彼の心は、気持ちは、私のものにならない。


胸の奥が切り裂かれたようにジクジク痛む。

こんな恋はしたくなかった。


失恋ってこんなにもつらいものだった?

だったらもう、恋なんか二度としたくない。

誰も好きになりたくない。
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