幸せにしたいのは君だけ
「もう遅いですから、送ります。乗ってください」


現在は午後九時を過ぎたところだ。

エントランスに横付けしてある高級車に促される。

恐らく、社用車なのだろう。


「いえ、タクシーで帰りますので……」

「そんなに真っ赤な目をして?」


綺麗な二重の目が細められる。

恥ずかしくなり、思わず下を向く。


「大方の予想はつくが、今の君をそのまま帰したと知られたら、澪に叱られる。それに社員の身の安全を守るのは俺の務めだ。責めているわけではないから、顔を上げてほしい」


淡々と言われて、驚く。

しかも普段とは違うずいぶんくだけた話し方だ。

儀礼的な言葉以外交わした記憶がない副社長に、まさかそんな言われ方をするとは思わなかった。

ゆっくりと頭を上げる。


しかも大方の予想はつくって……どういう意味? 

まさか圭太さんと私の関係を知っているの?


「澪に連絡するから、先に乗っていてくれないか」


スーツの胸ポケットからスマートフォンを取り出す副社長。


「でも……」

「三浦さん、どうぞ」


運転席から降りてきた眼鏡の男性に、後部座席に座るよう促された。

確か、九重の秘書室長の是川さんだ。

以前、澪さんの自宅前で偶然お会いした際に紹介していただいた。


「……すみません。お世話になります」


もはや抵抗する術がない。

それにどのみちタクシーで帰ろうと思っていたのだから。

なによりこんな場所でぐずぐずしていて、圭太さんに見つかりたくない。

そう思って後部座席に乗り込んだ。

その後すぐに、副社長も乗車した。
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