幸せにしたいのは君だけ
昼間、佳奈が話していた男の姿に信じられないくらいに嫉妬した。

俺には見せなくなったあどけない笑顔に胸が詰まった。


佳奈の気持ちが、俺から離れてしまった? 

信じたくない。


自分の中にこれほどまでに強い嫉妬心があるなんて思いもしなかった。

切なくて苦しくて心が悲鳴を上げていた。


今思えば、過去の恋人たちに対してまともに嫉妬なんてした記憶がない。

そんな感情と自分は無縁だと思っていた。

今なら過去の恋人たちに俺はどれほど酷い態度だったのかよくわかる。

佳奈といると、今まで知らなかった自分が呼び起こされる。


頼むから。

ひとりで決断しないでくれ。


懇願にも似た気持ちで恋人に電話をかける。

聞こえてくるのは無情な呼出音ばかり。

はじかれたように走り出し、エレベーターホールに向かう。


もどかしい気持ちを抱えながら何度も電話をかけるが、一向に繋がらず。

やっと繋がったと安堵すれば、聞こえてきたのは無機質な機械音。


『電源が入っていないか、もしくは電波の届かない――』


ガン、と乗り込んだエレベーターの壁を叩く。

酷い八つ当たりだとわかっている。

でももう、どうすればいいかわからなかった。


一階に到着して、豪奢なロビーを足早に進む。

今の時間帯ならきっと佳奈はタクシーを使うはずだと思い、エントランスに向かう。


外に出た途端、信じられない光景が目に飛び込んできた。

今、まさに走り出した車に乗車している恋人。
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