幸せにしたいのは君だけ
「佳奈!!」


俺の声が届いたかどうかはわからない。

けれどほんの一瞬、彼女がこちらを向いた気がした。

ピカピカに磨き上げられた車は――先輩の、九重副社長の社用車だった。


「なんで先輩が……!」


イラ立ちと事の次第がわからず、スマートフォンを取り出す。

無駄だとは思いつつ、佳奈に電話をかけるが相変わらず電源が切られたままだった。

それからすぐに副社長に電話をかけるが繋がらない。

その動作を何度も繰り返す。

その後、澪にも連絡したがこれまた繋がらない。


とにかく佳奈を返してもらいたい。

その一心で目の前のタクシーに乗り込んだ。

行き先は副社長夫妻の新居。

きっとそこに彼女がいるはずだと願いを込めて。


車中でも落ち着かず、何度もスマートフォンを操作していると、先輩からメッセージが届いた。


【今、どこだ?】


用件だけの文面が腹立たしい。


【副社長のご自宅に向かっています】

【今から向かう。待ってろ】

【佳奈を返して下さい】


メッセージの返事は来ない。

相変わらず、自分の言いたいことだけを告げてくる。

だが、今の俺にはその指示に従う以外方法がなかった。


しばらくして自宅マンション前に、先輩は是川さんとともにやってきた。

そこに佳奈はいなかった。

是川さんは困ったような表情を浮かべながら、なにも言わずに社用車で走り去っていった。


「ついてこい」


ただそれだけを言って、副社長に部屋へと案内された。

かつてここに住んでいた俺としては懐かしさもあるが、今はそんな気分に浸れそうもなかった。

部屋に向かう途中に何度も佳奈について尋ねたが一切教えてはもらえず、ただ焦燥感だけが募った。
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