幸せにしたいのは君だけ
「落ち着けと言っているだろう。俺を睨んでも事態は変わらない。……まったく、いつもの冷静なお前はどこにいったんだ」


溜め息まじりに言われて、自分が焦っていることに気づく。

いくら昔からの古い付き合いのある先輩だとはいえ、この人は勤務先の上司でもある。

こんな態度をとっていいわけがない。

社会人失格もいいところだ。


「……申し訳ありません」

「いや、お前の気持ちも理解できるからな。とりあえず座れ」


促されて先輩と少し距離をあけて、ソファに腰をおろす。

ただ気持ちが急いてコートを脱ぐ気にはなれなかった。

早く佳奈に会いに行きたい。


「三浦さんは、お前が澪を好きなんだと思っているんだろう」

「なんでそれを……?」

「気持ちがわかると言っただろう? 過去の俺が経験したものと同じ悩みを三浦さんは今、抱えている」


そう言って、副社長は俺に長い話をしてくれた。


澪と想いを通わせる前から、副社長はいつも俺の存在が気がかりだったという。

澪にとって俺は“誰より大切な、唯一の幼馴染み”で。

その存在の大きさと過ごしてきた長い年月に敵わないと思っていたそうだ。


当たり前のように名前を呼び捨てて、お互いの実家はもちろん、周囲でさえふたりの関係を認識している。

食べ物の好みといった些細な事柄、性格、すべてを理解している一番の味方。

愛してやまない人が窮地に陥った時、真っ先に頼る人物。


自身がどうしても手に入れたい場所を、やすやすと手に入れている。

それに対する焦りとイラ立ち、不安。
< 162 / 210 >

この作品をシェア

pagetop