幸せにしたいのは君だけ
「物分かりの良いフリをして、距離を置いて落ち込んでたのよ。そのくせ、心配で佳奈ちゃんに会う口実をつくるために、日向不動産との仕事の日程を強引に調整してね、素直じゃないんだから」


じゃあ、会社の前で会ったのは偶然じゃなかったの? 

……私に会おうとしてくれていたの?


にわかには信じられなかった。

いつもどこか余裕で、落ち着いている人だった。

焦って振り回されているのは私だけだと思っていたのに。


「そんなところは仕事が早くて有能なのに、佳奈ちゃんにだけはダメなのよ。きっと嫌われたらとかカッコ悪い姿を見せたくないとか考えているんだわ。恋は人を変えるとはよく言ったものよね」


困ったように眉尻を下げる先輩。

何事にも無頓着でマイペースなところもある澪さんだが、任された仕事は確実にこなす優秀な女性だ。

しかも私たち後輩にいつも親切で優しい。

そんな人がウソをつくはずはない。

なにより自身の大事な幼馴染みの件で。


胸に込み上げてくる熱い気持ち。

私はあの人のなにを見てきたんだろう。

わかった気でいたんだろう。

結局私は自分が見たいようにしか圭太さんを見ていなかった。


きちんと尋ねたらよかったのに。

不安をぶつけたらよかったのに。

私の不満も怒りもきっとあの人なら受けとめてくれたはずなのに。


『だから、佳奈の考えや想い、不安はどんな些細なものでも構わないから俺に伝えて。きちんと言葉にしてほしい。そうじゃなきゃきっと俺は気づかないから。俺の知らない場所で佳奈がひとりで泣いていたり、つらい想いを抱えるのは嫌なんだ』


彼の声が心に響く。
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