幸せにしたいのは君だけ
「……ん」


腕の中の恋人が小さく身じろぎする。

朝日のせいで、可愛らしい面立ちがよく見える。


昨日、澪と一緒にいる時に、泣いて赤くなった目元を思い出し、やるせなさと自分への怒り、なによりも佳奈への悲痛な気持ちで胸が張り裂けそうになる。

これほどまでに自分以外の誰かを愛しいと、大切だと思った経験はない。

そっと指でその痕に触れる。


「ごめん、な」


何度謝っても謝り足りない。

鼻の奥がツンとして、不覚にも泣きそうになる。

擦ったのか、ひと際赤くなってしまっている部分にそっと唇を寄せる。


心優しい恋人はきっと、目が覚めたら平気な振りをして今まで通りに笑いかけてくれるだろう。

でもそれに甘んじてはいけない。

大事だから、愛しくて仕方ないから、絶対に失いたくないから。

俺は俺の気持ちをきちんと佳奈に伝えていきたい。


佳奈と澪に対する感情は俺の中でまったく違う。

そもそも澪に対して、抱きしめたい、そのすべてを独占したい、自分のものにしたいなんて一度も思ったことがない。

守りたいとか助けたい、支えたい、そんなものだった。


きっとそれは凪さんが妹に抱くものと同じ種類の感情。

幸せに笑っていてほしいと願う親愛の気持ち。

それ以上のものはない。


だからこそ、澪の副社長への想いを知った時は応援したいと思ったし、ふたりの結婚を心から祝福できた。

どうか幸せにと、なんの憂いもなく送り出せた。
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