幸せにしたいのは君だけ
「落ち着けよ。何度も言うけど、俺は君を怒らせたいわけでも、貶めたいわけでもないんだって」

「私は充分落ち着いています」

「その態度でよく言えるな。子どもでも、もう少しマシなウソをつくぞ」

「子どもじみていて申し訳ありません。そういえば私に伝言があるとおっしゃっていましたが、なんですか?」


この人とこれ以上、一緒にいたくない。

無様な姿をさらすのも、馬鹿にされるのも真っ平だ。


「ああ、あれはただ、君とふたりになるための口実」

「そうですか。それでは目的は果たされたと思いますので、失礼いたします」

「だから、人の話を最後まで――」

「失礼します」


彼の言葉にかぶせるように言い切る。

自分でも思った以上に尖った冷たい声が出た。

幼稚だと思われても、最後まで聞く気にはなれない。

自分の悪口を面と向かって言われるのをじっと耐える人なんてそうそういるはずがない。


怒らせたとしても私には関係ない。

だってこれから先、関わるような人ではないのだから。


受付に戻るまでに、必死で表情を戻すよう努めた。

意識しないと顔が強張ってしまう。


早苗ちゃんは、束の間とはいえ、佐久間さんとふたりきりになった私をしきりに羨ましがっていた。


「先輩、佐久間さんと知り合いなら紹介してくださいよ!」


期待に満ちた目で見つめられて、以前一緒に働いていた先輩の知り合いなの、と返事するだけで精一杯だった。
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