幸せにしたいのは君だけ
「……ただいま」


イラ立ちと、ほんの少しの後悔を胸に抱いて帰宅した。


新宿にある勤務先から電車で一時間。

最寄り駅から徒歩五分ほどの距離にあるマンションで両親と暮らしている。

二歳年下の金融機関に勤務する弟は、大阪で独り暮らしをしている。


「お帰りなさい。あら。顔色が悪いわね、どうしたの?」


玄関先で出迎えてくれた母が心配そうに言う。


「……そう? 昨日、少し千埜と食べすぎちゃったせいかな」

「大丈夫なの? 夕食はどうする?」

「少し胃が痛いから、後でなにか自分で用意するよ」

「そう? つらいなら薬のみなさいよ」


頷いて、玄関のすぐ左側にある自室に入って扉を閉めた。

気にする必要はない。

最初に嫌な言葉をぶつけてきたのは向こうだ。


でも、もとはと言えば昨夜、私が酷い言い方をしたせい?


この自問自答を、帰宅途中、たった一時間の中で何度繰り返しただろう。

フローリングに敷かれた白いラグの上に腰を下ろす。

目の前に置かれた等身大の鏡に自分の姿が映る。


母によく似た丸い二重の目に、新作アイシャドウを使用したアイメイク。

一日崩れないように計算して巻かれた髪。

雑誌でも特集されている流行りの、評判のよい服装。


『おかしいわけじゃないけど、君の雰囲気には合っていない気がする。なんでわざわざ性格と真逆の、似合わない恰好をしているんだ?』


彼の言葉が蘇る。


私が可愛い格好をしたらおかしいの?
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