幸せにしたいのは君だけ
「うん、わかった」

「よかった、ありがとう! 六時にエントランス前で待ち合わせね」

「六時って……早くない? 千埜、間に合うの?」


確か、最近は残業続きだとこの間話していたはずだ。


「大丈夫。今日はこれから一件、九重との打ち合わせがあるくらいだから」


『九重』


ドキンとすると同時に、脳裏に思い出したくない人の姿が浮かぶ。


「……九重の誰かが来社されるの?」

「ううん、私たちが出向くの。親会社だし、そうそう来てもらうわけにはいかないでしょ」


気にしすぎかもしれないけど、と千埜は言う。


「……そう」


同期の返答になぜか安堵する。

あの人にはもう会いたくない。

会って心を乱されるのは嫌だ。

過剰反応と言われても、今や苦手意識しかない。


「わかった。じゃあ六時に」

「うん、お願いね」


書類をヒラヒラと振りながら、千埜は颯爽と総務課に入っていく。

相変わらず親友はエネルギッシュだ。

なぜか早鐘をうつ心臓を無理やり鎮めるように、胸元でギュッと拳を握る。


なにを動揺しているの。

私には関係ないし、千埜は佐久間さんに会うと言ったわけじゃない。


こんなのはおかしい。

あの人と私にはなんの接点もないし、知り合いといえるかどうかの曖昧な関係だ。

気にするほうがどうかしている。


自分に言い聞かせ、ゆっくりと深呼吸を数回繰り返す。

手にした備品を抱え直し、受付に戻った。
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