幸せにしたいのは君だけ
「佐久間さん!?」


もうひとりの営業課の同期が驚きの声を上げる。

千埜も、面食らったように突如現れた人物を見つめている。


「突然お邪魔してしまってすみません。体調が悪いのに参加している様子なので心配になって迎えに来たんです」


ニコリと優美に口元を綻ばせる。

その王子様然とした、堂々とした態度に驚きを隠せない。


なにをしているの?

どうしてここにいるの?

もしかして人違い?

澪さんが近くにいるの?


混乱してしまって、状況を理解できない。


「佳奈」


もう一度名前を呼ばれた。

ドクドクドクと心臓が一気に暴れ出す。

呼び捨てられた名前にどう反応していいのかわからない。

異性に名前を呼ばれるのなんて初めてでもないのに、なにを私は戸惑っているんだろう。


「帰るよ」


淡々としているのに、有無を言わせない口調。

口元は柔らかな弧を描いているのに目元は一切笑っていない。

まるで静かな怒りを粛々とぶつけられているような気分だ。


「あ、の……人違いじゃ……」

「なんで? そんなわけないだろ」


必死に絞り出した言葉は、あっさり否定される。

状況についていけない私をそのままに、彼は千埜に話しかける。

どうやら会計や私の荷物について確認しているようだ。
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