幸せにしたいのは君だけ
「今日はしない。ほら、もう遅いから休みなよ」

「いえ、帰ります!」


今日はしないって、なに?

こんな危険な人の家になんて、泊まるわけにはいかない。


「もう終電もないけど? この辺りは住宅街だから、なかなかタクシーはつかまらないよ。ついでに言うと週末のこの時間に呼び出しても、すぐには来ない」

「で、でも……」

「部屋には洗面所も浴室もついてるし、勝手に侵入したりはしない。鍵だってかかる。そこは信用して。まあ、一緒に寝たいのは山々だけど」


言われたセリフに頬が熱くなる。


なんなの?

どうして急にこんな口説き文句を並べてくるの?

そもそもこの人ってこんなに甘い言葉を口にする人だったの?


そんな話は聞いた覚えがない。


「俺は隣の部屋で寝るから」

「隣、ですか?」

「なに、一緒がいい?」

「ち、違います! 隣が自室なんですか?」

「いや、俺の部屋は二階」

「だったら二階で……」

「心細くないかと思って。なにかあったら遠慮なく電話してくれたらいいけど、声が聞こえたり駆けつけられる距離にいたほうがいいだろ。頭痛もあったみたいだし」


なんでもないように言われて、戸惑う。

胸の奥がじんわりと熱をもつ。


もう、この人は。

さり気ない心遣いがうますぎる。

こんなのは反則だ。


『圭太は、すごく面倒見がいいの』


いつかの先輩の言葉が蘇る。

今ならその意味が嫌というほどわかる。

私の出会ってきた男性の中で、これほど自然に気遣いができて強引な人はいなかった。
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