幸せにしたいのは君だけ
「佳奈、いい加減に俺の本気をきちんと認識して」


フッと眉尻を下げた姿に力が抜ける。


「……ごめんなさい」

「謝ってほしいわけじゃない。佳奈が戸惑う気持ちもわかるけど、俺の本気を否定してほしくないだけ。……今日はご挨拶を諦めるから。後日きちんとさせてほしい」


いくら自分の気持ちにいっぱいいっぱいとはいえ、失礼な真似をしてしまった。

強引だけど、この人は真っ直ぐ自分の気持ちをぶつけてくれていたのに。

挨拶云々を受け入れるかどうかは別として、相手の気持ちを軽んじるような発言をしてしまった私に非がある。


「あの、きちんと考えさせてください……」

「佳奈のそういう真面目なところが、なにより好きだよ。今日は引き下がるけど、挨拶を諦めるつもりはないから覚悟してて。ああ、それと明日は一緒に買い物に出かけるから、そのつもりで」


混乱する台詞を照れもせずに言って、彼は部屋から軽い足取りで出ていく。

取り残された私は状況が呑みこめずに、ただ目を見開くしかできなかった。


「……もう、本当になんなの」


ドクドクうるさく鳴り響く鼓動が意味するものは、なんなのか。


その後、気持ちがうまく落ち着かないまま、千埜の家に泊まらせてもらうと母に電話した。

これまでにも何度か親友の家に泊めてもらっているので特に追及されなかったが、勘の鋭い母は私の動揺を見抜いていたかもしれない。

『お父さんは千埜ちゃんにご挨拶したがるかもよ』と、普段とは違う返答をされてしまった。


もちろん、母との通話を終えた後、千埜にも急いで連絡を入れた。

まだ外のようだったが快く了承してくれた。

ただし、後日、事の次第を隅々まで聞かせてもらうからね、と念押しはされてしまったけれど。
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