紡ぐべき糸
8
バレンタインデーの朝 啓子は 聡に チョコを渡した。
営業に向かう聡が 事務所を出た後で 啓子も そっと外に出た。
商用車に 乗ろうとしている聡に、
「横山さん。」
と啓子は 思い切って声をかけた。
驚いた顔で 振向く聡。
「あの。これ。」
と言って 啓子は 小さな包みが入った 紙袋を渡す。
「えっ。俺に?」
聡は 戸惑った顔をする。
頷いて 走り去る啓子を、
「林さん。」
と聡は呼び止めた。
啓子は 一瞬 チョコを 返されるのかと思い 怖々、振り返る。
「ありがとう。じゃ、行ってきます。」
と聡は 笑顔で 小さく チョコを掲げて 車に乗り込んだ。
胸の鼓動が 聞こえるほど 緊張していた啓子。
事務所に戻る前に 給湯室で 水を飲む。
フーッと 息を吐き出すと 少し 鼓動が落ち着いた。
チョコに託して 思いを伝えたことは 啓子の 大きな一歩だった。
聡は “ ありがとう ” と言ってくれた。
それだけで 啓子は十分だった。
チョコを 突き返されることばかり 考えていたから。
思いは 受け止められなくても とりあえず チョコは 受け取ってくれたから。