紡ぐべき糸
一日の 仕事を終えて 帰る前に 給湯室を 片付けることが 啓子の日課だった。
その日も 啓子は 流しに置いてある 湯呑を 洗っていた。
「お疲れ様。」
と声を掛けられて 啓子が 顔を上げると 聡がいた。
「あっ。お疲れ様です。」
啓子は 朝のことを 思い出して 顔が紅くなってしまう。
聡は 何もなかったような 自然な笑顔で カップに コーヒーを注いでいた。
「チョコ ありがとう。お礼に 食事でもしようか。」
聡は 事も無げに言う。
「えっ。そんな。いいです。」
驚いて 答える啓子。
顔が熱くなって そっと俯く。
「行っても いいです、なの。」
聡は 余裕の笑顔で言う。
「はい。でも お礼とか そういうのは いいです。」
啓子が困って言うと、
「大丈夫。たいした物は ご馳走できないから。今日は 何か予定、ある?」
と聡は言う。啓子が首を振ると、
「じゃ、車は 会社に置いたまま 角のコンビニで 待っていて。俺が拾うから。」
と聡は言う。
驚きと不安で 啓子は 何も言えないまま頷く。
こんな展開になるとは 思っていなかったから。
啓子は 更衣室に向かいながら もっと おしゃれをして来ればよかったと 後悔していた。