嘘つきは恋人のはじまり。



看護師さんの厚意を丁重にお断りした。一度この場を離れることを伝えて、急いで自宅に戻る。


九条さんの家の鍵は預かっていた。それをいいことに自宅から氷枕と大きめの保冷剤を準備し、薬局で冷えピタや体温計を買って九条さんの家に一度戻ってそれぞれ保管すると、一息つく間もなく、病院に舞い戻った。


到着すればちょうど点滴が終わる頃だった。


待合室で座っているとほどなくして九条さんが部屋から出てきた。幾分すっきりした顔だ。目が合うと嬉しそうに笑う。ここに来た時とは大違いだ。


「大丈夫?」


「少しマシになった」


足取りも先ほどよりしっかりしたものになっていた。だけど、わたしの隣に座るなり、甘えるようにもたれかかってくる。


……もう


病気になった時は心細くなる。そばに誰かがいてくれれば心強いし甘えたくなる気持ちもわかる。だけど病院でするのは………。


と思っても剥がすこともできず。


結局、病人の九条さんはタクシーで自宅に向かう間もずっとこんな感じでもたれかかってきたのだった。


< 109 / 145 >

この作品をシェア

pagetop