嘘つきは恋人のはじまり。



『乾杯』


まずは足が長く筒の長いフルートグラスで食前酒ならぬ白葡萄の炭酸水を頂いた。コツンとグラスを合わせると目の前の男が少し笑みを浮かべて目を細める。


きっと未玖ならギャーギャー騒いだだろうな、と思いつつ、食前酒を早々に飲み切ってしまった彼を見つめていた。


『そんなに喉が乾いていたんですか?』


思わずそう訊ねてしまうほど九条さんの勢いは凄まじかった。だが彼は喉が乾いていた、というより空腹を満たすためだと言った。


『実は朝から何も食べていなくて』


朝は元々食べない派だという。だが、昼食を食べ損ねて、コーヒーを数杯飲んだだけでまだ固形物を食べていないんだという。


『お忙しいんですね』


『この時期だからね。シュクレは7月決算だから余裕あるんじゃない?』


3月。そう、多くの会社が決算期を迎える。例外なく九条さんの会社も今月が決算だ。


AD-Free+は来月設立七年目をむかえる企業であり、3年連続ベストベンチャー100にも選出されている。


社員数は80名ほどに対して今季の売上は120億を見込んでいる、らしい。それが本当なら単純計算で従業員1人につき1億5000万稼ぐことになる。もちろん純利益がいくらにもよるけど、先日HPを覗いて小さく悲鳴をあげたのは秘密だ。


こんな凄い会社の社長が態々わたしに依頼するなんて怪しくないはずがない。かと言って初対面のわたしに一体何の用があるのか本当に分からない。

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