嘘つきは恋人のはじまり。
だが、一歩、いや、数歩ほど遅かったと気づいたのは玄関を開けた時だった。
「おかえり」
「ひっ!」
拗ねた声。気味悪いぐらいの貼り付けた微笑み。いかにも待ち伏せていた様子の彼に、小さな悲鳴が漏れた。
シャワーを浴びたあとなのか、髪は濡れてなぜか上半身裸。風邪ひいているのになんて恰好してるんだ!と突っ込みたいのを堪えて笑っていない目に言葉を返す。
「た、ただいまもどりました」
語尾が尻すぼみになったのはニコリと笑う顔が有無を言わせなかったから。たしかに「起こせ」と言われたけどちゃんと戻ってきたんだしそこまで怒らなくていいじゃない。
「…お昼ご飯をつくってきたんです」
誰のためかって貴方だよ!って言いたいのを堪えた。若干ぶすっとしてしまったのは見逃してほしい。
「……つくってって?わざわざ?」
それなのに九条さんは目を丸くして驚いている。え、そこまでしなくてよかったの?と思ったが、それはもう後の祭りだ。
「……栄養のある、ちゃんとしたものを食べた方がいいかと思って。調味料も調理器具もここにはないので」
そう言えば九条さんの目元が和らいだ。まだ靴も脱いでいない玄関で、彼はわたしを抱きしめる。
「っ!ちょっと!服っ!」
「今暑いんだ」
「それは熱のせいでしょ!早く着てくださいっ」
なんとか九条さんを引き剥がせば、そのまま手を引かれてリビングへ。テーブルに作りたてのお弁当たちを並べて、一応スープも温め直した。
「いただきます」
スープを飲みおにぎりを頬張りおかずをつまむ。玉子焼やウインナーなど少し子どもっぽいおかずが多いけど、焼き鮭、お浸し、ポテトサラダなどを含めて九条さんは全てぺろりと平らげてしまった。
おまけにわたしのお昼ご飯にした焼きそばまで手を伸ばしてきた。食欲があるのはいいことだけど、昨夜と同様、食べ過ぎじゃないか?と心配である。