嘘つきは恋人のはじまり。
色々訂正したいところはあるけど、それを口に出して訂正するのは面倒くさくなった。言ったところで九条さんにとって良い意味で変換されるのは目に見えている。
「…ありがとう」
頭の中でひとり話していると不意に小さな呟きが聞こえた。お互い横になり向き合った先で、表情を和らげた彼が言う。
「風邪ひいたとき、こんなことしてもらったことなかったから」
嬉しい、と続く言葉。握りしめられた手に力が籠る。たったそれだけなのに、ひどく胸が高鳴って、ちょっとだけ九条さんの印象が変わった。
「…いつもどうしてたの?」
「ひたすら寝てた。とは言っても救急車で運ばれたあの日から風邪ひいてなかったけど」
ただひたすら寝て風邪を治すって若いからできること。でももう少し自分を大事にしてほしい。
「どこかの誰かさんに昔叱られたから体調には気をつけていたつもり」
5年前のあの日、九条さんは酷い熱だった。寒空の下でベンチで横たわって、唸っていた彼はそんな状態なのに会社に戻ろうとしていた。
その日1日出ずっぱりでそれをこなしていたことにも驚いたけど、その後も仕事をしようとしていた精神力にも呆れた。『体調を崩してまで仕事をさせる人間が会社にいる』と周囲に知られればブラック認定。昔はそれでよかったけど、今はもう古い考えだ。
それこそ、きちんと体調管理ができない=仕事ができない、と思う人もいるぐらい。自己管理も仕事の一環である。