嘘つきは恋人のはじまり。
わたしは九条さんの叩くキーボードの音を聞きながら出来る限り昔のこと、幼稚園に遡るまで知り合いを思い出していた。
“九条”という人間に会ったのは人生で初めてだ。こんな珍しい名字ならきっと印象に残るはず。
『失礼ですが、ご出身は…?』
『福岡です』
へぇ。九州の方なんだ。
ただ、それだと中学校までの友人は違う。九州から転校してきた人なんていなかった。高校も……可能性があるとして大学……?
『いつ東京へ?』
『大学から東京ですね』
九条さんはわたしの質問に答えながらも叩く指を緩めない。ただ、視線はチラッとこちらに向ける。その目が一瞬なのに“じぃ”と見られている気がして、なんとなく目を逸らしてしまった。
『………人違いではないですか?』
大学まで地元、神戸にいたわたしは社会人になってから東京に出てきた。社会人になって出会った人たちを片っ端から思い返してみたけどそれでも会ったことはない。
名字も珍しいけど、やっぱりこれだけミテクレが良いならきっと出逢った時の印象は残る筈だ。
『…記憶力には自信がある方なんだけどな』
九条さんは眉をハの字にして小さく笑った。
どこか納得していないような言葉に反して、その表情は少し寂しげだった。