嘘つきは恋人のはじまり。
もしかすると、亡くなった彼が最後に会ったのは九条さんだったのだろうか。病室で彼がそう言ったのだろうか。
わたしは色んな可能性を考えながら続きを待つ。九条さんはどこか申し訳なさそうに、そして断言した。
「……きみだよね?あの日ここで俺を助けてくれたのは」
たしかにあの日ここで男性に声をかけた。だけどその人はもう亡くなっている。だから九条さんを助けたのはきっと違う人だ。
わたしは首を横にふりながら否定した。
「わたしじゃありません」
「なら、どうしてここにいる?」
「それは……」
理由を説明すれば九条さんは軽蔑するだろうか。わたしを白い目で見るだろうか。
「それは?」
九条さんの大きな手が冷たくなった頬を包む。その暖かさにあの日、救急車の中で握った温もりを思い出して涙が込み上がった。
「…いったい、どうした?」
九条さんは大きく目を見開くと困ったように笑いだけど優しく抱きしめてくれた。わたしが落ち着くまで背中を撫でながら、急かすこともなく問いかけることもなく、ただ待ってくれた。
「……その人、……もぅ、死んじゃって」
言いながらまた泣けてきた。
当時の出来事が断片的に思い出されて苦しくなる。
「…死んだ?」
「…血を吐いて、倒れて」
頭を撫でる手がわたしを慰める。包み込む体温がどうにもできなかった過去から守ってくれているような気がした。
「わたしが、もっと早く……救急車を呼んでいたら」