嘘つきは恋人のはじまり。
「生きてるよ」
九条さんの言葉と抱きしめる腕に力が籠る。
「ミヤウチレイナってレイのことだろ?あの日、どうして嘘ついたのか不思議だけど」
九条さんの言葉に思わず顔を上げた。九条の手が優しく頬の水滴を拭ってくれることに逆らうことなくただ彼を見つめる。
「俺はあの日の礼を言いたくて看護師に訊ねたんだ。渡されたメモには“ミヤウチレイナ”という名前と繋がらない電話番号が記載されていた」
バクバクと再び心臓が大きな音で動き始めた。わたしは記憶を辿りながらあの日のことを思い出す。
たしかにあの日、わたしは名前を偽った。救急車の中で状況説明をしているときに『薬物の可能性もある』とチラッと耳にしたからだ。それは、わたしが、足元に缶コーヒーがあったことを説明したからで、何か事件に巻き込まれてしまうかも、と咄嗟に思って偽名を使った。
おまけに彼は社長だ、とか。目上の人間に使う言葉がなってないとかすごく横暴なことを言われて面倒ごとを避けたかった。
だが、彼が亡くなったことに意識を取られてそんなこと今九条さんに言われるまですっぽりと抜け落ちていたのだけど。