嘘つきは恋人のはじまり。
九条さんはどこか諦めに似たような表情で小さく溜息をついた。わたしの上から退けると何故か寝室を出てリビングに向かう。
わたしはその後ろ姿をぼんやりと見つめたまま、彼に釣られるように小さく溜息をつく。
「覚えてない、とか無効だからな」
九条さんはすぐに寝室に戻ってきた。ベッドのヘッドライトを点けると部屋がほんのりと色づく。
手に持っていたのはペラペラの紙一枚。その紙に記載されている文字を見て言葉を失った。
【有期恋人契約書】
九条梓(以下、「甲」という)と宮内玲(以下、「乙」という)は、下記の理由にて定められた期間中、恋人契約を締結する。また、本契約成立を証するため……
な、なに、これーーーー!
契約書の出だしで躓いた。理解し難い内容に、声にならないほどの驚きに身体が硬直する。
状況を理解しようと努めるも、全く頭が働かない。思考停止。息も止まりそうだ。辛うじて目で文字を追ってはいるものの、同じところを繰り返し辿りながら、それでも内容が頭に全然入ってこない。
信じられないし信じたくない。
それなのに、署名の筆跡はまさしく自分のものだった。おまけにどこから出してきたのか判子(実印)まで押している。
「捺印まで……」
「判子は自分で鞄から出してきた。玲はすごく協力的だったけど」
覚えてない、覚えてない、覚えてないーーーーー
「……いいか。もう一度だけ説明する。契約書通り、そのままだけど」