虹色アゲハ
クロアゲハ
2匹のアゲハ蝶が、ヒラヒラと(たわむ)れるように飛んでいた。

そこに、携帯の着信音が鳴り響く。


『ごめん、揚羽(あげは)ちゃん。
ちょっと仕事が押してて…
今日の同伴、30分くらい遅れるかもしれない』

同伴とは、ホステスがお店の営業時間前にお客様と食事などして、そのあと来店してもらうシステムだ。


「いいですよぉ。
私は田中専務とお食事出来るだけで嬉しいですもん」

その時、片方のアゲハが蜘蛛の巣にぶつかりそうになり…
途端、もう片方が守るようにしてそれに捕まった。


「…じゃあ、お仕事頑張ってくださいね」
揚羽と呼ばれたかつての少女は、そう会話を締めくくると。

蝶に自己犠牲みたいな概念があるんだろうか?

目の前の光景をそんな思いで眺めて…
まさかね、と鼻で笑って通り過ぎた。



揚羽というのは源氏名で。
煌びやかに身を飾る(・・・・)水商売の女性を、夜の蝶(・・・)と例える事から…
蝶にちなんだその名前をつけていた。

さらにその漢字には、上がるという意味があるらしく…
絶望から這い上がってやる。
そんな思いも込められていた。
< 5 / 268 >

この作品をシェア

pagetop