策士な御曹司は真摯に愛を乞う
「………」


そこはかとない不安が胸を過ぎり、私は無言で味噌汁のお椀を手に取った。
口元に運んで、目を伏せて一口啜ると。


「でも、美雨とランチするの、久しぶりだね」


どこか弾んだ声でそう言われて、目線を上げた。
杏奈が挙げてくれた話題だから、ホッとして応じる。


「うん」


お椀をトレーに戻し、笑って頷く。


「お弁当も作ってきてないし。今日は、彼氏と約束なかったんだ?」

「……彼氏」


無意識に彼女の言葉を拾って繰り返し、途端にドクッと心臓が沸き立った。
杏奈が、誰のことを『彼氏』と言っているのかわからないけど、少なくとも私の記憶ではここ数年そんなものがいたことはない。
私の声色に、確かな戸惑いが走ったせいか、彼女が「も~っ」と間延びした声をあげた。


「社内だから内緒……なんだろうけど。相手、誰? せめて、どの部署の人?」


テーブル越しに身を乗り出し、コソッと訊ねてくる杏奈に、私は思わず口ごもる。


「え、っと。社内って……」


軽く背を仰け反らせて逃げながら、曖昧に目を泳がせる。
なんでも話せる同期で親友の杏奈に、社内の人だからって、私は『彼』の素性を明かせなかったんだろうか。


「ここ数ヵ月は、社食でも見かけなかったし。いったいどこでラブラブ食べてたのよ」


からかい混じりにボヤく彼女の声が、一瞬意識から遠退いた。
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