策士な御曹司は真摯に愛を乞う
と、その時。
後ろから伸びてきた太い腕が、私の腰に巻きついた。


「ひゃっ……!?」


グッと引き寄せられ、心臓がドッキンと飛び上がるほど驚く。
条件反射で振り返ると、首にタオルをかけた夏芽さんがすぐ背中に立っていた。


「な、なつ……!」


いつの間に、ジョギングから戻っていたんだろう。
すぐ背後に立たれても、全然気配に気付かなかった。


「おはよう、美雨」


私の肩に顎をのせてくるから、鼻先が掠めてしまうほどの近距離。
つい一瞬前まで、夏芽さんとは恋人じゃないことで頭の中をいっぱいにしていたから、私はこの距離感にも戸惑ってしまう。


「お、おはよう、ございます」


目を伏せ、顎を引いて間隔を保ち、朝の挨拶を返すのが精いっぱいだ。
だけど、夏芽さんは気にする様子はなく、ひょいと肩越しに私の手元を覗き込む。


「なあ、美雨。それ、随分沸騰してるけど、正しい?」

「っ、え?」


『それ』と言われて、なにを『正しい?』と問われているのか一瞬わからず、彼と同じ物に目を落とした。


「俺、料理しないからわからないけど。うちの料理長が、味噌汁は沸騰させちゃいけないって言ってたの、聞いたことが……」

「あ、あああっ!!」


私は、夏芽さんが言ってる途中で、ひっくり返った声をあげた。
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