策士な御曹司は真摯に愛を乞う
「わ、嘘っ! 煮立ってる……!」


ついボーッと考え事をしている間に、完全に料理から意識が逸れてしまった。
彼のご指摘通り、味噌汁は随分と大きな泡をボコボコさせて、沸騰している。


慌ててIHコンロの電気を落としたものの、味噌汁は完全に煮詰まっていた。
鍋から、濛々と白い湯気が立ち込める。


「……はあ」


シンクに両手を突き、がっくりこうべを垂れる。
夏芽さんは私の腰に両腕を回したまま、クスクスと笑っている。


「珍しいな。美雨が料理失敗するなんて」

「………」


珍しい、と言われるほど、まだそう何度も彼に手料理を振る舞っていない。
だけどこれも、彼は覚えていて私は忘れているという、絶対的な記憶の齟齬があるせいだ。


この家で向かい合って食べる夕食、オフィスで過ごす秘密のランチタイムのお弁当、もしかしたら……お泊まりした後の朝食も。
私はきっと、彼のために何度も料理したはずなんだ。
それでも、『恋人』じゃないなんて……。


「煮立っても、多少出汁の風味が損なわれるくらいだろ? そういうの気にしないから、頂くよ」


夏芽さんはそううそぶいて、私の頬にちゅっと軽くキスをする。


「……!」


料理の失敗と深まる思考で、腰を抱かれているのを忘れていた。
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