策士な御曹司は真摯に愛を乞う
いくら頬でも、朝からのキスは不意打ちで、私の心臓はドキッと大きく跳ね上がる。


「な、夏芽さんっ!」


唇を落とされた頬に反射的に手を当て、身を捩って抱擁から逃げた。
彼は、「おや」と大袈裟に目を丸くして、私を逃がした自分の右手を見つめ、ふっと微笑む。


「シャワー、浴びてくるよ」


私に爽やかにウィンクを投げると、上機嫌で鼻歌を歌いながらキッチンから出ていった。
その背中が見えなくなるまで見送って。


「……もうっ」


両方の頬に手を当て、独り言ちた。
驚くほど、頬が火照っている。
一人どぎまぎして、頬を真っ赤にする自分が、いろいろ意識しすぎな気がして居た堪れない。


今の私は、彼の一挙手一投足にドキドキして、ときめいている。
なのに、私と夏芽さんは、まだ恋人になれないままだった――。


「………」


どうして?なんて考えるまでもない。
もちろん、彼の想いに、私が応えられなかったせいだろう。


夏芽さんに憧れていながら、恋人関係に踏み込めない理由。
彼との間の、埋めようのない身分差を気にしたのは、一目瞭然だ。
それなのに、身体だけ関係を持つなんて……。


「っ……」


唇に手の甲を当てて、グッと顔を背けた。
記憶を失っても、過去の自分を消せはしない。


私……最低だ。
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