策士な御曹司は真摯に愛を乞う
「惜しいな……運転中じゃなかったら、思いっきり抱きしめて、キスの嵐を浴びせるのに」


浮かれた言葉でボヤく彼の横顔に、私も照れ隠しにふふっと笑う。


「残念でした」


そう言って、気恥ずかしさを誤魔化す。
ほんの少し唇を尖らせて、そっと目線を外した。
だけど、夏芽さんは、諦めてはいないらしい。


「オフィスに着いたら、今のもう一度言って」


口元の手をハンドルに戻し、薄い唇の口角を上げた。


「えっ!? も、もう一度、ですか」


涙を引っ込め、やや上擦った声で聞き返す私に、「そう」とうそぶく。


「この喜び、発散させないままじゃ、仕事に集中できない。これから八時間も悶々としていられるか」


正論とばかり、太々しく言って退けた。


「そ、そんな。大袈裟な……」


オフィスに着いたらなにをされるか。
すでに宣言されている以上、私の想像力も豊かで、笑顔が引き攣る。
なのに、「大袈裟なもんか」と即座に返された。


「君は、俺がどれだけ必死だったか知らないから、そんなこと言えるんだよ」


ふて腐れた様子がくすぐったい。
ドキッと胸を弾ませながら、


「……だったら、教えてください」


上目遣いに横顔を探ると。


「教えるまでもない。これからも手は緩めないから」


なんとも嬉しそうで不遜な宣言の前で、私の鼓動は否応なく高鳴った。
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