策士な御曹司は真摯に愛を乞う
緑溢れる中庭は、入院患者さんにとって憩いの場所だ。
時折強く吹きつける風は、ちょっと冷たい。
それでも、病衣の上から厚手のコートを羽織り、面会客と散歩したり、ベンチに腰かけてのんびりする患者さんも多い。
私の入院は一週間だったし、精密検査が多かったから、のんびり中庭に出たことはなかったけど、なかなか心地いい。


特に今は、夏芽さんがいない。
彼と過ごす時間は、今となってはとても幸せ。
でも一緒にいると終始ドキドキしてしまうし、一人になって開放感を覚えてしまう自分を否めない。


「んーっ……」


思いきり両腕を空に向かって突き上げ、胸を広げて深呼吸をした。
東京都心の病院だけど、中庭に溢れる緑のおかげか、空気も清々しく感じる。


考えてみれば、通勤で歩いたり電車に乗ったりしない分、ここ二週間さすがにちょっと運動不足だ。
意識して身体を動かさないと、なまってしまう。


私は腕時計に目を落とし、時間を確認した。
ここから鏑木ホールディングスの本社ビルまでは、電車でほんの一駅区間。
歩いても二十分ほどの距離だ。


――もしかしたら、怒られるかもしれないけど。
入院中の病院や、オフィスとは違う。
普段の私の生活圏ではない場所で、多香子さんと会うことはないはず。


「……よし」


私は意を決して、くるっと踵を返し、中庭を突っ切って病院の敷地から出た。
< 143 / 197 >

この作品をシェア

pagetop