策士な御曹司は真摯に愛を乞う
私は、斜め後ろから、彼の横顔を見つめた。
何故だか、胸がきゅっと締めつけられる。


『あなたは黒沢さんにはっきり拒絶されたのよ』


さっきの多香子さんの言葉が、耳の鼓膜に刻まれていて、頭の中でガンガン木霊する。


『酷い、大っ嫌い! もう私に近付かないで』


それは、本当に私の言葉?
今、私は、夏芽さんとこうして一緒にいるだけでドキドキしてる。
彼に愛される『今』が、とても幸せ。
私も夏芽さんが好きなのに、そんなことを言ったなんて信じられない。
でも、彼は否定しなかった――。


いったいどうして?
なにがあったの?
私の手を引いてくれている夏芽さんは、その答えを知っている。


でも、記憶を失った私に彼が教えたくないこと、それはきっと、ここに関係しているんだろう。
聞いても答えてくれないと、わかり切っている。


そして、ふ、と――。


「っ……?」


私は自由な方の手を、反射的に額に当てた。
一瞬、視界が歪んで、足元が覚束ない。
条件反射で足を竦ませた私を、


「美雨?」


夏芽さんが、振り返った。


「どうした? やっぱり疲れたのか?」


からかい混じりに目を細める彼に、慌てて首を横に振って否定する。


「違います。ちょっと……ちょっとだけ」


私は、今いる場所を確認するみたいに、足を止めたまま周りを見回した。


「……美雨?」


私の行動に、夏芽さんは訝し気に首を傾げている。
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