策士な御曹司は真摯に愛を乞う
ハッとして、目を開けた。
視界に飛び込んでくるのは、もうだいぶ見慣れた白い天井。
部屋の中はまだ薄暗く、カーテンの隙間から射す光も弱い。
夜が明けた、ばかり……だろうか。


思考は働いてくれるけど、どうにも気怠くて身体に力が入らない。
ベッドに沈んだまま、私はそっと首を横に向けた。


夏芽さんが、眠っている。
何度見ても、神秘的なほど綺麗な顔。
でも、寝顔はちょっとあどけなくて、私はついつい顔を綻ばせてしまう。


「………」


ベッドに寝転がったまま、目だけを動かし、室内を見渡す。
私の記憶の中で、『初めて』この寝室に入った時に走った既視感。
本当の初めては、去年の八月、バーで彼と出会ったその日の夜だ。


酔ってしまった私を、夏芽さんは自分の家に運んでくれた。
酔いの回った身体はふにゃふにゃで、力が入らない。


『迷惑をおかけして、すみません。すみません』


彼に抱きかかえられながら、何度も謝罪を繰り返した。


『迷惑なもんか。俺はね、君が秘書室に異動してきた頃から、君に片想いしていたんだ』


どこか弾んで聞こえた、低い声。


『え……?』


ぼんやりと見つめる私に、彼はほんの少しはにかんだ笑みを向けた。


『黒沢さん。俺は君が好きだったんだ、ずっとね』


そう言われて、ドキンと胸が跳ね上がったのを、思い出す。
遠くから眺めるだけだった憧れの人に、『好きだった』と言われた。
ただただ、夢見心地になって、私は――。


そう。
夏芽さんと『出会った』その夜、この部屋で、このベッドで、彼に抱かれたんだ。
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