策士な御曹司は真摯に愛を乞う
幸せへのリスタート
病院の正門を出た時、空は夕刻を迎えてオレンジに染まっていた。
完全にショートした思考回路が、まだ働き出してくれない。
私はぼんやりと足を踏み出した。


力を入れたはずの足に、驚くほど神経が通っていない。
ふわふわと浮いているみたいで、感覚が覚束ない。
それでも、前に進んでいるから、私はちゃんと歩けていたんだろう。
そこに、


「美雨!」


低く鋭い声が、意識に割って入った。
私はそれに反応して、緩慢に顔を上げた。


「美雨」


もう一度、私を呼ぶ声。
視界に、こちらに向かって走ってくる夏芽さんが映った。
その姿を捉えた途端、なにか熱いものが胸に込み上げてきた。


「っ……」


せり上がる嗚咽を抑え切れず、私はその場にしゃがみ込んでいた。


「美雨……?」


夏芽さんの困惑した声が、近付いてくる。


「どこか調子悪いか? 病院に行くために早退したって聞いて、驚いて……」


そう、彼は室長から私の早退を聞いて、飛んできてくれたのだろう。
まだ日の入りを迎えていない空。
業務時間中だ。
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