策士な御曹司は真摯に愛を乞う
それまでの分の薬を受け取り、病院の正面玄関に立って腕時計を確認すると、九時五十分になろうとしていた。


二月。冬の朝の空気は冷たい。
私は、腕にかけていたマフラーを首にくるっと巻いて、やや俯きがちに一歩足を踏み出した。
ところが。


「黒沢さん!」


背にした外来ロビーから私を呼ぶ声が聞こえて、ぎくりとして立ち止まった。
弾むような足音が近付いてくる。


こうなっては、もう逃げられない。
私は、意を決して向き直った。


「鏑木さん。お早うございます」


私が挨拶するのと同時に、スーツの上にロングコートを羽織った鏑木さんが、私に追いついた。


「病棟に迎えに行ったら、箕輪先生からもう帰ったと言われて……間に合って、よかった」


目の前で足を止め、額にかかった前髪を掻き上げながら、「ふうっ」と声に出して息を吐く。


「入院費、もう精算済ませたのか? 俺が支払うつもりでいたから、こうして……」

「い、いえ! とんでもない」


私は慌てて顔の前で手を翳し、辞退した。


「鏑木さんは自分のせいと仰ってましたが、私は覚えてません。私の事故ですから、どうぞお気遣いなく」
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