策士な御曹司は真摯に愛を乞う
駐車場に入ると、鏑木さんは出入口近くに停めてあった黒いベンツのドアを開けた。
右の座席。国産車なら運転席だけど、外車だから助手席だ。


「どうぞ。乗って」


なんとも優雅な仕草でエスコートされて、否が応でも胸が弾んでしまう。


「あ、ありがとう、ございます……」


なにに気圧されたのか、私はすっかり抵抗を忘れて、シートに腰を下ろした。
鏑木さんは私が乗るのを確認して、静かにドアを閉めると、車のフロントを回って、左側、運転席に乗り込む。
助手席との間から後部座席に軽く身を乗り出し、私の荷物をそこに置くと、シートベルトを締めてエンジンをかけた。


「黒沢さん。君も、シートベルト締めて」


なんとなく彼を目で追っていて、当たり前のことを失念していた私を、短く促す。


「! は、はい」


焦ってシートベルトを締める私の隣で、鏑木さんはブレーキを解除してアクセルを踏み込んでいた。
駐車場内は徐行運転して、やがて広い公道に出ると、車はグンと加速する。
シートに背を吸い寄せられる感覚に身を委ね、私はそっと彼の横顔を窺った。


――本当に、意味がわからない。
私が思う以上に、彼は強い責任を感じているのかもしれないけど、それにしたって。
いつも忙しい鏑木ホールディングスの副社長が、私の退院に合わせて、わざわざ休暇を取ってまで迎えに来てくれるもの……?
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