策士な御曹司は真摯に愛を乞う
無意識に唇を結び、首を傾げながら、私はハッと我に返った。


いや……わざわざ、とかじゃなくて、ただの偶然に決まってるじゃない。
きっと鏑木さんは、もともと休暇を取っていて、それにたまたま私の退院が重なっただけ。
勘違いも甚だしい。
なにを自惚れてるんだ、私は。


――でも。
私を『美雨』と名前で呼んだ、薄い男らしい唇に目が行ってしまう。


思わずきゅんとした次の瞬間、脳裏を過ぎったのは、網膜に焼きついている、『多香子さん』と鏑木さんがキスをしていた光景……。


「っ!」


私は反射的に目を逸らし、彼に向けていた視線を正面に戻した。
すると。


「くっ……」


小さくくぐもった笑い声に耳をくすぐられ、


「え?」


今度は窺うんじゃなくて、しっかりと運転席の彼に顔を向けた。


「いや、ごめん」


鏑木さんはまっすぐ進行方向を見据えたまま、ハンドルから離した右手で口元を覆い、小気味よく肩を動かしている。


「さっきから、俺のなにを観察してるのかって、気になっててね」


くっくっと声を漏らして笑いながら、どこか意地悪に横目を流してくる。


「そうかと思うと、急にわたわたして目を逸らして」

「! 気付いてたんですか」

「当然」


気付かれないように窺っていたつもりだったのに、すっかりお見通しだったなんて。
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