策士な御曹司は真摯に愛を乞う
そう言えば、どこに向かってるんだろう……?
今さら疑問を覚え、私はそっと鏑木さんに視線を戻した。


「あの……」


遠慮がちに呼びかけると、彼は前を向いたまま「ん?」と聞き返してくれる。


「私は今、どこに向かってるんでしょうか……?」


心に浮かんだ疑問を口に出して、考えてみれば、彼が私のマンションの住所を、知っているはずがないと行き当たる。
それなのに、彼のハンドル捌きには迷いがない。


「ああ」


鏑木さんは、特段表情を変えずに、相槌で答えてくれた。


「俺の家」

「っ、えっ!?」


さらりとした返事に、私はギョッとして目を剥いた。


「まだ午前中だから。そんなに急いで、家に帰らなくてもいいだろ?」


横目を流して問いかけてくる彼に、忙しなく瞬きを返す。


「でもっ……。鏑木さんのお宅にって、そういうわけには」

「話がしたいんだ」


視線をフロントガラスに戻した彼に、短く続けられて、私はゴクッと喉を鳴らした。


「話……」

「そう」


無意識に反芻した言葉に、彼は律儀に頷いてくれる。
私は、それ以上質問はせずに、先ほどと同じように視界の端でそっと窺った。
『どうして』を際限なくぶつけなくても、鏑木さんが語ってくれるのなら――。


「……はい」


少し緊張しながら、首を縦に振って応えた。
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