策士な御曹司は真摯に愛を乞う
私は、弾かれたように一歩後ずさって、彼との間隔を空けた。


「す、すみません。私、やっぱり帰ります!」

「あ、こら」


急いでお暇しようとして、彼がなにか言おうとするのも振り切って、小走りすると。


「ダメだよ。話、終わってない」


ドアの前に辿り着くと同時に、後ろ手を掴まれた。


「え?」


思わず、肩越しに振り返る。


「話がしたいって、言ったろ?」


そう言われて、私は思わず口ごもった。
確かに、知りたいことを話してくれると期待して、のこのこついて来たのは私だけど……。
迷いで瞳を揺らす私の頭上で、鏑木さんが声に出して溜め息をつく。


「なにか、変な気回ししてるね。先に誤解を解いておくと、俺は独身で、今のところ結婚の予定もない」


それを聞いても、私の目線は定まらない。


「君を、一人にはしておけない。俺は、そう言っただろ?」


彼はそう続けて、私の手を離した。
否応なく跳ね上がった心拍を気にして、私はその手でギュッと胸元を掴む。


「だから、今日からここで、生活してもらうことにした」


私の額よりもっと上で、そういう形に動く唇を見ていたのに。


「……は?」


私は、何度も瞬きを返した。
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