策士な御曹司は真摯に愛を乞う
それでも鏑木さんは、眉一つ動かさない。


「君に接触しようとしている、よからぬ人間がいる。それを、阻止しないと」


淡々とした口調で言われて、私の方が口ごもった。


「今の君に、余計な情報を与えようとする、有害な人物だ」


それだけ言い捨て、彼は素っ気なく目を逸らす。
私は、胸元をぎゅっと握ったまま、ゴクッと唾を飲んだ。


「多香子さん……ですか」


思い切ってその名を口に出してみると、能面のようだった鏑木さんの顔に、一瞬確かに動揺が走った。


「……え?」


大きく目を見開き、再び私に視線を留める。


「黒沢さん。今、なんて……」

「すみません。この間、お二人が病院のサンルームでお話してたところを、見てしまいました」


何故だか後ろめたい気分になって、今度は私が目を逸らした。


「話も聞きました。でも、いったいなんのことだかわからず……」


言い訳みたいに続ける途中で、鏑木さんは口元に手を遣って顔を背けていた。
きっと、私が、二人のキスシーンを見たことに、合点したのだろう。
だけど私は、構わず畳みかける。


「余計な情報、でしょうか。彼女は、私のことを……私がエスカレーターから転落した経緯も、ご存じのようでした。だったらむしろ、お会いしたいです」
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