策士な御曹司は真摯に愛を乞う
「い、いきなり、なにを……」


無意識に手の甲を唇に当てた私に、


「俺は、嘘しかつけない」


鏑木さんは、苦しげに顔を歪めた。


「っ、え?」


想像もしていなかった返事で、私は言葉に詰まった。


「君が忘れているのをいいことに、事実を捻じ曲げたことしか教えられない。それは、俺にとっても本意じゃない」

「え……」


私から顔を背け、睫毛を伏せる横顔が切なげで、それ以上問うことができない。


「知りたければ、自分で思い出して。他人の言葉に導かれることなく、自分で」


どこか突き放した言い方をして、彼は私にくるっと背を向けた。


「部屋に、案内するよ。着替えはこちらで用意したから、家に戻らなくても済むと思う」


私の反応を待たずに、リビングの奥へと向かっていく。
私は、バクバクと騒ぐ胸元を両腕で抱きしめ、その背を見つめた。


彼が私に背を向けている今なら、反発心を示して逃げ出すことも可能だ。
ところが、私の足は、竦んでしまって動かない。


なんで、突然キスなんて……。
激しく心が乱れていた。
鏑木さんの言動は、乱暴な上に横暴で、親会社の副社長だからって、従う必要性を感じない。
なのに……。


――どうしてそんな、切ない顔をするの。
失った記憶に潜むなにかを知りたがる私が、彼を傷つけている。
そんな気がして、なにも言えなくなった。
< 40 / 197 >

この作品をシェア

pagetop