策士な御曹司は真摯に愛を乞う
鏑木さんの家から彼の車で送り届けられ、仕事復帰第一日目のスタートを切った。
いつもより十分ほど早い時間に出勤してオフィスに入ると、まず男性秘書室長のところへ挨拶に行った。


彼はどうやら、鏑木さんから事故の報告を受けているようだ。
外傷はないけど、この一年ほどの記憶が欠落していることも、秘書室長には伝わっているらしい。
この状態で私が仕事に復帰して困ることのないよう、配慮すると言ってくれた。


「黒沢さんが秘書室に異動してきた時から、役員陣の顔触れは変わっていません。今回の件については耳に入れてありますが、当面の間、役員秘書業務から外れた方がいいと考えています」


ちょっと残念だけど、それが当然だと納得できる。
会社の業績、社長や副社長の『今』を知らない私が秘書についても、ご迷惑になるだけだし、失礼なことをしでかしてしまう危険性もある。
だから、「はい」と返事をすると、室長も強く頷いてくれた。


「始業時間になったら、臨時朝礼をします。その時、黒沢さんの当面の業務についても、皆さんに説明しますので、それまで自席で待機してください」


それにも同じ返事を繰り返し、私は室長に一礼して、デスクから離れた。
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