策士な御曹司は真摯に愛を乞う
自分の反応が不可解で、私は無意識に胸元を手で押さえた。


「ただ、はっきり言っておく。親族同士が勝手に決めたというだけで、俺たちの間に恋愛感情は皆無だった。今までお互い、別々の人と付き合ってきたし、遠い過去に本人の意思とは別のところで交わされた約束は、もう今となっては風化していて……」

「でも……多香子さんは違うんじゃ?」


私が言葉を挟むと、鏑木さんが静かに横目を向けてきた。


「だって。そうじゃなきゃ、キスなんて……」


そう言いながら、私自身、鏑木さんに突然キスされたことを思い出す。
ドキッとしながら、目を泳がせて言い淀んだ。


「……やっぱり、それも見られてたんだ」


彼が、溜め息混じりに呟く。


「気まぐれにからかったんだろ。多香子には、結婚する意思はないと言ってある。彼女も『婚約解消』に了承したんだから」


どこか素っ気なく言って、きゅっと唇を結ぶ。
それは、多香子さんの気持ちを測った言葉なんだろうけど……。
私は、ズキッと痛む胸元を、ギュッと握りしめた。


「だったら……鏑木さんも、からかっただけですよね」

「え?」


鏑木さんが、こちらに顔を向ける。


「鏑木さんの家で生活することへの、私の反論の芽を、摘んだだけですよね」
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