策士な御曹司は真摯に愛を乞う
横から、不審げな視線を感じる。
それが、なんとも居心地悪い。
私は肩を竦めて、勢いをつけて立ち上がった。


「黒沢さん」

「すみません。もういいです。今、業務時間中ですから」


彼が呼ぶ声を振り切るように、くるっと背を向ける。
そのまま、広く立派な執務机と直角の位置に置かれた、普通のデスクの方に歩いた。


「申し訳ありませんが、鏑木さんがどんな業務スタイルかわからないので、補佐が必要な時は仰っていただけますか」


頭を切り替えようとして、無駄にきびきびと話す。


「一応秘書歴二年らしいですけど、私の認識ではまだ半年しか経ってません。お役に立てるかどうか不安ですけど……」


デスクに回り込み、椅子を引こうと手を伸ばした。
と、その途端。


「え? きゃっ……!?」


後ろから肘を掴まれ、勢いよく引っ張られた。
不意打ちで私の足は縺れ、バランスを崩して後ろに倒れそうになった。
けれど、背中がトンとなにかにぶつかる。


転倒を免れ、ホッとしたのは、ほんの一瞬。
後ろから抱き竦められているのに気付き、私はハッとして息を止めた。


「かぶ……」


驚きのあまり、首を捩じって振り返ったところで、顎を掴まれた。
その角度で固定され、身動きできずにいると、鏑木さんが、肩越しに私を覗き込んでくる。
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