策士な御曹司は真摯に愛を乞う
鏑木さんが、静かに目を伏せる。


「二年ほど前から、時々見かけるようになった新米秘書。最初は、好みの顔立ちだと思っただけ。でも俺は、そうやって一年以上も、君を目で追っていた」


芯が通った低い声が、しっかりと鼓膜に刻まれていくのに、私の思考は追いつかない。


「ここに来ても、君の姿を見ることができるのは、運がいい時だけ。それでも、君の真面目で真摯な仕事ぶりは伝わってきたし、清楚で女らしい仕草に魅せられていた」


そうやって、遠くから眺めるだけの人に憧れるのは、私や他の秘書だけだと思っていたのに……。
彼が私を同じように見ていたと言われても、にわかには信じられない。


「社長や副社長から、名前を聞き出した。トップを任せる彼らも、君を高く評価するのを聞いて、嬉しくて胸が躍った。……バカだよな。俺は、一言も言葉を交わしたことのない君に、そんなウブな片想いしてたんだよ」


そう言って言葉を引き取ると、彼は小さな吐息を漏らした。
ふっと視線を向けられ、私の心臓は条件反射でドキッと跳ねる。
そして――。


「っ……」


鏑木さんが、とても寂しそうに微笑んでいたから、胸がぎゅんと疼いて締めつけられた。
今の言葉を聞いて、私もなにか言いたいし、挟みたい質問もある。
なのに、切なく揺れる彼の瞳に晒され、金縛りにあったみたいに動けない。
< 72 / 197 >

この作品をシェア

pagetop