策士な御曹司は真摯に愛を乞う
「どう? 自分の記憶にない話を人から聞いても、君にとっては、見知らぬ記憶を無理矢理植えつけられるような感覚だろ? だから、俺からは話せないと言ったんだ」


鏑木さんは、どこか自嘲気味に口角を歪め、自分の靴の爪先に視線を落とした。


「……でも。君が俺を忘れてしまっていても、この気持ちはちゃんと俺の中にある。嘘はついていないから、記憶操作にもならない。記憶の片隅でいい、今度は忘れず留め置いて」


それだけ言って、ふいと顔を背けると、大きな歩幅で歩いてくる。
反射的にビクッと肩を縮める私の横を、スッと通り過ぎる。


「業務時間中に、ごめん。仕事に戻ろう」


そう言い残し、彼は自分の執務机に向かっていった。
私が目で追う中、チェアに腰を下ろした鏑木さんは、すでにいつもの穏やかな表情に戻っていた。
それは、私が遠くから眺めていた、鏑木ホールディングス副社長の顔――。


「っ、は、い」


言われた通り、仕事に戻らなければ、ますます混乱しそうだったから、無理矢理意識を仕事に向けた。
でも、私にとって彼が語った想いは衝撃すぎて、すぐに気持ちを切り替えることはできない。


一日中、鏑木さんと二人きり。
これは、その始まりの一日。


意識しすぎて、一週間ぶりの仕事に集中できなかった。
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