侯爵令嬢は殿下に忘れられたい!
「お嬢様!今日も素晴らしい可愛さでございます。これなら殿下もクラッときますわ!!」
「そ、そうね…」
殿下がクラッときたらとても困るし、素晴らしい可愛さには思えない。
鏡に映る自分は平々凡々だ。
ついに来てしまったお茶会当日。
「お嬢さま頑張って!殿下の心を射止めてきてください!お嬢さまなら王妃になる未来も遠くないです!」
「ちょっと落ち着きなさい」
私の侍女のメイは私を美化しすぎていていつも暴走気味になってしまう。
王妃になんてなりたくないと本音をメイに言えば、それはそれで今度は泣かれてしまうかもしれないと思い黙っておくことにしたけれど相変わらずぶっ飛んでるわね…
行きたくない気持ちがますます強くなる中、メイの大げさな励ましを受け馬車が出発する。
♢♢♢
お茶会は城の庭で行われる。
きっと美しい庭なのだろう。
じっくり花を鑑賞したいところだがそうもいかない。目立たないようにさっさと帰らなければ。
完璧令嬢になるのよ、クラリス。
侯爵家の将来がかかっているのかもしれないのだから。
馬車の中で必死に自分に言い聞かせる。
侯爵家から城までは目と鼻の先だ。
馬車だとあっという間に着いてしまう。
もう着いてしまったのね…
憂鬱な気分で馬車から降り、招待状を見せて城の中に入る。
お茶会の会場である庭まで案内してもらうと、既にそこそこの数のご令嬢が来ていた。
その中には社交界で美しいと評判のご令嬢もちらほらといる。
これじゃあ私は美しいご令嬢の引き立て役になりそうね。
私じゃ殿下の眼中にも入らないだろうと安心する。
ぐるりと周りを見渡すが殿下はまだ来ていないみたいだった。
花を見るなら今のうちだわ。
クラリスは庭に咲いている花を片っ端から見ていくことにした。
侯爵家の庭はお母様の意向で花がほとんど植えられていないのだ。
花嫌いの母のせいで綺麗な花を見る機会はあまりなかったがクラリスは小さい頃から花が好きだった。
毎年誕生日にはお父様から大きな花束を貰っている。
あ、薔薇だわ!
薔薇はクラリスが一番好きな花だ。
美しく咲き誇る薔薇を見て少し気分が安らぐ。
しばらく見つめていると、
「そんなに見つめて薔薇が好きなの?」
「えぇ。美しいですもの」
隣に人が立つ気配がすると同時に質問を投げかけられる。
クラリスは薔薇を見たまま答える。
「折って持って帰るといいよ」
「いえ、それは…流石に城の薔薇を勝手に持って帰ったら私は捕まってしまいますもの」
「私が許可しているから大丈夫だよ」
「…え?」
何を言ってるの?この男性はと思い、ようやく話している相手の顔を見た。
「私が許可しているのだから誰も文句は言えないよ」
「で、殿下…」
いつもの夜会にいる気分になっていた。
夜会ではクラリスが一人で立っていると気づいたら男性が隣に立って話しかけてくるのだ。
それもまた完璧令嬢と呼ばれるクラリスへの好奇心からなのだが。
いつも視線を合わせず適当にかわしていたのでついやってしまった。
「大変失礼致しました!失礼な態度をとり、申し訳ございません」
クラリスは顔を青くしながら慌てて礼を取る。
あまりにも無礼すぎる態度だ。
やってしまった。
今すぐ力使った方がいいかしら?!
いや、でも流石に殿下相手に能力を使うのはバレたらまずいのでは?
頭を下げながら、必死に考える。
「私が勝手に話しかけたのだから気にしなくていいよ。クラリス嬢」
その言葉に顔を上げると殿下は微笑んでいた。
流石将来の国王、慈悲深い方だわ。
クラリスが殿下の言葉に感動していると、周りのご令嬢達が殿下が現れたことに気づき騒がしくなり始めた。
「で、ではこれで失礼致します」
殿下と二人でいたことが変に誤解されたらまずいことになる。
じわりじわりと距離をとってから、クラリスは早歩きでその場から離れる。
やってしまった!!もう帰りたい!!
心の中で叫んだクラリスは殿下が自分の名前を知っていることには気づかずに、ただ自分の馬鹿さを呪うのだった。